![]() 米は治療教育を制度化
最近、日本でも米国でも、子供や若者が起こす異常な事件が報道されている。その背景として、事件のケースほどひどくはないが、より多くの子供たちの行動が全体的に以前と異なってきていることがあるのは確かであろう。日本でも、いじめ、不登校など学校の教育現場で対応しにくいことが増え、学級崩壊とまで騒がれ、親のしつけが悪い、いや学校の教育や社会が悪いと議論がまきおこっている。こうした子供たちの行動を決めているのも最終的には脳で、遺伝的背景、母胎内や誕生後の環境が複雑に絡んで脳は発達してくる。このように分析が難しい問題に対しては、まず、実態を詳しく調べた統計データが必要である。それなしに、個人の体験をもとにして、やや主観的に論じられているためか、あまり議論がかみ合っていないように思える。 脳の軽い障害が原因か ここでは、日本でも増えている「学習障害」に注目してみたい。彼らは、教育現場では単に勉強についていけない学業不振児と混同されやすいが、医学的な診断基準によって定義され、 @知能の遅れはなく、読む、書く、話す、算数など特定の作業だけが苦手 という子供たちである。 米国の疾患分類の最新版では しかしこの2つは重なる場合も多く、ここではもともと定義されていたように「学習障害」とまとめてあらわす。学習障害は、脳の発達の過程で小さな障害が起こり、一部に軽い機能障害を起こしたと考えられ手いる。 子供たちの脳は1人1人異なり、その違いが個性や得手・不得手のもとである。その個性の範囲から少しはみ出した不得手を持つ子供が学習障害児、といってもよい。 米国では1960年ごろから学習障害児が問題になり、ADHDだけでも小学校から高校までの全生徒の4〜16%に達する。日本でも今では約3%はいるといわれ、もう20歳以上になっている人たちもいる。 学習障害は、脳の軽い障害が原因で特定の能力がうまく発達していないのだから、本人が怠けている、やる気がないと思ってはいけない。足が不自由な子を「皆と同じように走れ」となじるようなものである。また、家庭の人間関係やしつけが原因ではないから、家族を責めるのも見当違いだ。こうしたことをまず理解したい。 ケア次第で治ることも 米国では学習障害児対策が法律で決められ、治療教育のための補助金もつき、1人1人の学習障害児の持つハンディがどのようなものであるかを認識して、ほかの得意なところを伸ばすような治療教育システムが実行されている。学習障害の子は、知能全体は正常レベルであり、別の特定の能力がかえって優れている場合もある。 日本の教育現場は、1人1人の個別指導には手が回らない画一教育が大勢で、学習障害児への無理解は、先生にしかられる、級友にばかにされる、などから、不登校やいじめにつながりやすい。ADHDの子供は先生の制止に従わないことも多く、学級崩壊の引き金になってしまう場合もあるであろう。 学習障害は、ケアがよければ、成長とともに自然に治っていくケースも多いといわれている。一方、無理解の中で放置されると、親、先生やほかの子供たちとの人間関係がうまくいかず、情緒障害や行動障害につながりがちで、青年期まで夫尾を引き、社会的なトラブルを起こしやすい気の毒な場合もある。 化学物質の影響も懸念 何よりもまず、米国のように学習障害児のハンディを理解した、個別の治療教育システムを整備することが必要だろう。治療に関しては、米国では特定の中枢刺激薬がADHDの症状の改善によく使われているが、一種の覚せい剤なので注意が必要である。米国でも根本的な治療法の開発はこれからだ。 次に、どうして学習障害児が増えてきたのか、原因を知り、予防することが最も重要だ。妊娠中や出産時の異常の可能性も指摘されている。 内分泌かく乱物質(環境ホルモン)の危険性をまとめた本『奪われし未来』(シーア・コルボーンほか著、翔泳社)では、五大湖の化学物質汚染や、油症事件によって生じたと思われる脳の軽い発達障害の例から、母胎や母乳を通じて発達中の子供の脳に入った化学物質の影響が懸念されている。脳はヒトの体の中でも最もデリケートな器官だが、特に脳が一番発達する胎児から乳児期は、環境からの有害物質も脳に入りやすい時期で、危険である。 学習障害のような、いくつもの原因がからんでいて解析が難しそうな現象の研究には、疫学調査が重要な役割を演じる。実態を正確に把握するために、また、疑わしい要因を浮かび上がらせて危険を避け、治療法を確立するために、大規模な疫学調査を早く行う必要がある。 1999.4.29 朝日新聞より |